
医師という立場を利用して知り得た情報を基に、製薬会社や医療機器メーカーの株取引を行って利益を得ることは、ルール上認められているのでしょうか? インサイダー取引などの違反を犯さないためには、株取引にまつわる規則を学んでおく必要があります。
これから株式投資を始める人も、すでに株を保有している人も、取引に関わるうっかりミスで痛い目に遭わぬよう、過去の事例を教訓に正しい判断をしていただきたいものです。
意外と身近な「インサイダー取引」
2013年、大学病院勤務の医師によるインサイダー取引が発覚しました。
これは、ある製薬会社と大学病院とが点眼薬の臨床試験契約を締結していたことが発端です。この臨床試験がまもなく中止になるという内部情報を得た医師が、自ら所有していた同製薬会社の株を情報公表直前に売り逃げしたのです。
後日、医師は証券取引等監視委員会からの勧告を受けて課徴金60万円を納付。加えて大学からは停職3カ月の懲戒処分を受けました。
「インサイダー取引」のインサイダー(Insider)とは「内部の人(法律条文では「内部者」)」を意味します。内部の人の取引とはすなわち、株式上場会社等の代表者や役員、一般社員等が、立場上知り得た内部情報を基に、その情報が一般公開される前に株取引を行って利益を得ることです。
インサイダーと見なされるのは企業の従業員だけではありません。その会社の顧問弁護士や公認会計士、監査法人、取引先も含まれます。前述の事件のように製薬会社と臨床試験契約等を結んでいた大学病院も、ここでいう取引先に当たるのです。
金融商品取引法の不公正取引規制5項目の中には「内部者取引の規制」があり、これに違反した場合は5年以下の懲役か500万円以下の罰金、またはその両方が科されます。
どのような行為が「インサイダー取引」に該当するのか
それでは、どういった行為が「インサイダー取引」とみなされるのでしょう。それは企業の「重要事実」を知ってすぐ、情報の一般公開前に株取引をすることです。「重要事実」の一例を挙げてみます。
・まもなく株式の発行を行なうこと
・余剰金の配当を予定していること
・会社の合併・分割・解散を決定したこと
・新製品や新技術の商品化が近いこと
・・・など
以上、これらは重要事実のうちの「決定事実」に当たります。
また、重要事実のうち「発生事実」に当たるものは次の通りです。
・災害や業務上の損害によって事業への支障が予測されること
・主要株主の異動、株式の上場廃止・取り消しが懸念される事案があること
・・・など
さらに、最近公表された売上高や経常利益などの数値に差違が出るという情報も、決算情報の重要事実に該当します。製薬会社や医療機器メーカーの営業マンとの雑談からこのような話題が出ても、株の売買に走ってはいけません。
インサイダーである株主がこれらの重要事実を知ったとしても、世間一般に公表されるまで株取引はお預けです。そして公表の方法にも一定のルールがあります。
- 2社以上の報道機関に対し重要事実を公開し、その公開から12時間以上経過した、または金融商品取引所のインターネットサイトに重要事実が掲載された。
- 重要事実が記載された有価証券届出書、有価証券報告書等が一般公開された。
➀か②いずれかの手段と時間経過を以って重要事実が「公表された」と認められますから、インサイダー株主の取引はこの時点で解禁されます。
「聞いちゃった」「見ちゃった」では済まされない
日本で話題となったインサイダー取引は2つあります。
1つは2006年、ライブドアの粉飾決算疑惑の余波を受けて、ニッポン放送株取得に関わるインサイダー取引を指摘された村上ファンドの事件です。
村上ファンドは、ライブドアがニッポン放送の発行済み株式数の5%を超える大量取引を行う意向を知りながら、同社の株を売買した疑いが持たれています。その後、法に抵触することを懸念して村上ファンド側は手を引くものの、時すでに遅し。当時の代表・村上世彰氏が金融商品取引法違反で逮捕されることになりました。
逮捕の直前に村上氏が放った「聞いちゃったかと言われれば…聞いちゃってる」という言葉が印象的でした。
もう1つは2007年にNHK職員数人が犯したインサイダー取引です。
これは、「大手飲食チェーンのゼンショーとカッパ・クリエイトが業務資本提携する」というニュース原稿を職員が盗み読みし、ニュースのオンエア前にスマホやパソコンでこっそりカッパ・クリエイト株を買ったというものです。
しかし、オンエア前にもかかわらずカッパ・クリエイトの出来高が不自然に跳ね上がったことで不正が発覚、株取引に関わった職員たちは全員懲戒免職となりました。
まとめ
製薬会社の営業マンとの何気ない会話や、日常的に業務で使用している最新機器にも、医師だからこそ得られる未公開情報が数多秘められています。
本来であれば専門分野である製薬会社や医療機器メーカーの株を買いたいところですが、そういった得意分野にこそ大きな落とし穴があるのです。異業種株を選ぶのも1つの回避策ですが、異業種であってもどこからオイシイ話が漏れ聞こえてくるか分かりません。
同業種・異業種に関わらず、未公開情報に翻弄されることのないよう常に冷静さを心がけることが大切です。